民事再生において清算価値が問題になりがちな場合と対応方法
1,清算価値基準について
民事再生においては、基本的には5分の1まで債務を減らすことができます(100万円未満にはできず、また、元の債務額によっては免除可能な率が異なります)。ただし、「仮に破産手続きを取った場合に換価対象となる資産の額」より少ない額までの減額はできない仕組みになっています。これを「清算価値基準」といいます。
わかりやすくいえば、「持っている資産の額よりは減らせない」ということです。
*給与所得者等再生の場合は他に可処分所得基準も満たす必要があります。
2,清算価値基準が問題になりがちな場合
民事再生を検討している方は、多くの場合、「経済的余裕がないから民事再生したいのであって、問題になるような資産は持ってないと思う」と感じるでしょう。ただ、資産と言っても預貯金や現金とは限りません。実際のところ、清算価値基準で再生計画案を作成せざるを得ないケースは珍しくありません。典型的には、以下のような場合です。
① 住宅の価値が住宅ローンの残高を上回る場合
住宅の価値が住宅ローンの残高を上回る場合、その上回る分は資産として計上されます。例えば、住宅の価値が3000万円で、住宅ローンの残高が1800万円の場合、200万円の清算価値となります(単独所有の場合)。住宅の価値は、原則として、不動産業者の査定によることとなり、最低2社の平均を使うことになります。
② 退職金が多い場合
退職金はまだ具体的に退職が決まっていない場合、8分の1で計算します。長く勤めていて退職金が多くある場合は、8分の1でもそれなりの額になることがあり、清算価値が大きくなってしまうでしょう。将来における退職時の退職金額ではなく、申立て時における額を申立書に記載することになります(厳密には再生計画案認可時の価値が基準になるので、再生計画案提出時に修正を求められることもあります) なお、東京地裁では8分の1の額が20万円未満の場合は清算価値に参入しない扱いになっています。
③ 保険の解約返戻金が多い場合
生命保険は多くの場合途中で解約すると解約返戻金が戻ってきます。学資保険も同様です。その他、途中で解約すると返戻金がある保険は珍しくありません。それらは原則として清算価値に算入されます(東京地裁では合計が20万円未満の場合は算入しない扱いになっています)。
④ 相続財産
実家が持ち家だという方も多いと思いますが、もし、実家の所有者(例えば父)が健在の場合は、再生をする本人の財産ではないので問題になりません。しかし、亡くなって相続が起きている場合は、注意が必要です。もし、相続人が1名だけ(再生を申立てる本人だけ)の場合は、そのまま本人の資産として清算価値に計上しなくてはいけません。相続人が複数で、まだ遺産分割が行われていない場合には、法定相続分に従って保有していると解釈され、その分が清算価値に算入されます。遺産分割手続きをしていない場合は、遺言があった場合を除けば未分割ということになりますので、分割手続きをした記憶がない場合は特に要注意です。
⑤ 自動車を保有している場合
自動車はそれなりに高価なものが多いです。もっとも、ローンが残っていれば再生申立て前に所有権留保に基づいて引き上げになることが多いのですが、ローンを完済していたりもともと現金払いで購入していた場合は、申立て時にも資産として存在することとなり、その価値が清算価値に算入されます。もちろん、購入時の価格ではなく、時価ですので、査定を取る必要があります。
⑥ 預貯金がある場合
預貯金も清算価値に算入されます(東京地裁の場合は20万円以上の場合)。民事再生を検討する方はもともと資金に余裕がないケースがほとんどですが、弁護士に依頼後にボーナスが入金されたなどで申立時(あるいは再生計画案提出時)にはある程度預貯金があるという場合もあります。弁護士に依頼することで住宅ローン以外の支払いは止めることになるので、それにより余裕ができて、弁護士費用を払ってもなお手元にお金が溜まってしまった、というケースもあります。そうすると、それも清算価値に算入されるのが原則です。
なお、上記は代表的なものを挙げたものであり、これら以外にも様々な種類の資産が清算価値に算入され得ます。
また、一定範囲で控除が認められますが、東京地裁のように「99万円以下の現金は算入しない」「自動車は価値20万円未満の場合は算入しない」というように個別に控除する運用がされている裁判所もあれば、さいたま地裁川越支部のように「預貯金や現金、解約返戻金などについて合計で99万円まで控除」という方法を採っている場合もあります。
3,こういう方は清算価値に留意する必要が高い
多くの相談を受けてきた経験上、
- ある程度以上の年齢の方
- 収入が多い方
- 今の職場に長く勤めている方
は清算価値が高くなるケースが多いです。
まず、ご高齢の方については、住宅ローンをすでに長く払っていてローン残高が少ないケースが多く、そうすると住宅の清算価値が高くなりがちです。また、同じ職場に長く勤めていれば退職金の想定額も多くなりがちです。また、保険も長く支払っていて給付を受けていないと解約返戻金が多くなりがちです。
また、収入が多いと、やはり退職金が多くなりがちで、また、その他の資産形成の原資もあり(例えば高額が保険に入っている場合も多く)、さらに、依頼後に各債権者への支払いを止めたところすぐに預貯金が増えるということも生じがちです。収入や資産が多いことは一般には良いことなのですが、民事再生を考える上では負担になりえます。
もちろん、どのようなケースでも清算価値については精査しますが、一般論でいうと、上記のように年齢や収入による傾向はみられると感じています。
4,清算価値が多い場合はどうするか?
まず、清算価値ですが、公正に行わないといけないのは当然です。資産は正直に申告しないといけないですし、必要もないのに使ってしまったり、直前に家族に譲渡してしまうことは認められません。そういう意味では、高い清算価値が判明した場合には、「仕方がない」ので、基本的には、それを元に再生計画案を考えていくことになります。
ただ、申立ての段階において、資産の評価等に関して、若干の工夫は可能です。まず、住宅ですが、査定をとったところ評価が高すぎると感じたら、さらに複数の不動産業者に査定を依頼したり、訪問査定をお願いして机上査定ではわからない部分を見てもらうことで、より適正な評価を得られるように努めることが考えられます。不動産の査定はかなりばらつきがあるものですので最初に査定をとったところが偶然適正な価格より高すぎたということもあり得ますし、例えば、訪問してもらうと室内が長年の使用で痛んでいることがわかり建物の評価が下がるという場合があります。ただ、最終的には査定は裁判所や再生委員がチェックしますので、極端に低かったり、業者の査定方法に問題があると考えられる場合には、取り直しを指示されることもあります。
また、手元に預貯金がある場合は、それを弁護士費用や手続きの実費に充てることは問題ありません。なぜなら、手続き費用に充てることは債権者共通の利益になることであり、正当な使い道だからです。預貯金を弁護士費用等に充てれば、結果として、その分清算価値は下がることになります。(通常、預貯金がない場合は、費用は分割で数か月程度での入金をお願いしています)
さらに、時間がかかると清算価値は上がってしまう恐れが高いので、依頼後、弁護士から指示された書類の収集などの作業を速やかに行い、申立てを早めにできるようにすることが望ましいでしょう。すなわち、清算価値は申し立ての時点でまずその時点での計算に基づいて提出しますが、再生計画案提出時に再度認可決定時を想定して修正することを求められることも多いですので、依頼時点から再生計画案提出まで時間がかかると、住宅ローンの支払いが進んでいくことで住宅の剰余価値が増える、保険の解約返戻金が増える、債権者への支払いを停止しているために家計に余裕ができて預貯金が増えていく、などで清算価値が増えてしまうこともあります。それを最小限にとどめるためには、ご依頼後速やかに資料と費用を頂き、速やかに申立てるのが望ましいと考えられます。
そして、清算価値が高くて返済額が比較的多く通常の3年の支払いでは不安がある場合は、5年での返済にする、賞与が多い場合は賞与月に多めに払う計画にする、などの方法で、無理なく履行できる再生計画案を提出することが重要です。再生は通常は3年間での返済なのですが、特別の事情があれば、5年で返済する内容の再生計画案も認められます(5年の返済を希望する理由について裁判所への上申が必要です)。特別な事情としては、3年では厳しいが5年なら無理なく返済できるということを示すことが必要で、家計一覧を引用しつつ説明するという形の上申書を出すのが一般的です。
なお、清算価値が一般債権の額を上回るような場合には、再生による減額が得られないことになるので、敢えて再生をするべきなのか、再検討が必要です。
5,まとめ
個人の民事再生は、収入や資産が多ければ今度はそれゆえの問題が生じる場合もあり、複雑な手続きです。そういう場合でも、再生案件を多く取り扱った弁護士に相談、依頼して進めていけば、状況に応じてベストな方法を見出すことができると思います。もちろん、当事務所でも多くの民事再生案件を扱ってきました。民事再生について悩んでいる方は、まずはご相談ください。